妻と管理人 【えっちな告白】


出典元:【殿堂】 エッチな体験談 ねとりねとられ
九州の田舎育ちの私達夫婦ですが
東京に転勤になり初めての都会生活がはじまりました

会社が社宅を用意してくれたんですが
が狭くて嫌だというので
自分たちで賃貸のマンションを借りることになった

交通の便も良く、造りも良いマンションでしたので、
半分は会社が出してくれるのですが、
それでも月々十万以上の出費が必要で、
家計には痛い出費だった

私達夫婦は結婚5年めですが、子供はいません。

私は30歳、は25歳です。

とは学生時代からの付き合いで、
が短大を卒業するとすぐに結婚しました

細身なのに胸は大きく、小さめの顔に大きな目をしていて、美形です。

処女でゲットできたのは、たぶん田舎育ちだったためでしょう。

でも子供ができず、それが二人の悩みの種でした。

引越しが済むと、すぐに管理人さん宅に挨拶に行きました。

マンションの近くの高い塀に囲まれた大きな家でした。

マンションの持ち主でもある石田さんは50歳代の頭の禿げた、
背は高くはないが、がっしりとした体型の人でした

「東京で生活するのは初めてですか」
「はい、初めてです」石田さんの質問に私が答えると、「田舎育ちで何もわかりませんのよ」とも言います。

「そりゃ大変だ。良かったら上がって話しませんか。この近所の商店の書いた地図なども差し上げますから、どうぞ」そういって石田さんは応接間に私達を通してくれました。

高価そうな調度品や絵画のある立派な部屋です。

「今お茶を入れますから」どうぞお構いなくというの言葉も聞かずに、石田さんは紅茶を入れて、お盆に乗せてもってきてくれました。

ティーカップもバラの絵柄のイギリスのアンティーク品のようでした。

「奥様はいらっしゃらないのですか」と妻が聞くと「5年前にガンでなくなりました。
子供もいないので寂しい毎日ですよ」少し寂しそうな石田さん。

「お二人は、お子さんは?」
「まだいませんの」
「そうですか。お二人のご出身はどちらですか」笑顔に戻って石田さんが聞くので「妻はN県のT島。
私はO市です」と言うと、石田さんはとても驚いた表情で、「やっぱり。
亡くなった妻もT島生まれですので、似ていると思いましたよ。そうだ。良かったら今夜、家で夕食をしませんか。近くにおいしい中華料理屋があって、そこの中国人の店主と懇意なもんで、何でも届けてくれるんです。お近づきのおしるしにどうですか。それとも何かご予定でも・・」私達夫婦は顔を見合わせましたが、寂しい石田さんの身の上話と、奥さんが妻と同じ離島のT島出身であることを聞いてしまった後だったので、断れずに夕方7時に約束をしてしまいました。

部屋の片付けなどもありましたが、土日もいれて5日間の休みを頂いていたので、石田さんにいろいろと東京での暮らしを教えて頂くのも良いかと思ったのでした。

時間通りに石田さん宅に行くと、12畳ほどのたたみの部屋に案内されました。

テーブルの上には北京ダックをはじめ、伊勢海老の炒め物やふかひれのスープなど、御馳走が並べられ、中華料理屋の店主らしいコック服の中年男性が、北京ダックなどを皿に取り分けているところでした。

「すごいごちそうだ、手ぶらで来ちゃったよ」
「何だか心苦しいワ」私と妻がそう言うと、「どうぞ、そう言わず。
私は嬉しいんですよ。妻と同郷の人に出会うのは、初めてなんです。さ、座ってください。まずはビールで乾杯しましょう。」乾杯のあと、中華料理屋の店主は、中国人なまりで「他にもいるものがあったら、電話してね」そう言って帰っていきました。

おいしい御馳走を頂きながら、石田さんは色々なことを話してくれました。

大きな不動産会社を経営していたそうですが、奥さんが乳癌で亡くなってから、仕事をする意欲が無くなってしまい、3年前に会社を大手企業に売却して、今はマンション収入と、資産を使いながらの生活なのだそうです。

仕事一筋で無趣味だったことを、今ほど悔やむことはないのだそうです。

「よけいなことですが、早くお子さんをお持ちになるといい。」と石田さん。

私はさびしく苦笑しました。

一度は不妊外来で検査も受けたのでしたが・・・「私の話はつまらんことばかりですので、今度は奥さんにT島のことを聞きたいなあ」照れ笑いしながら石田さんがそういうと、いつになく饒舌になった妻はT島のことを話ました。

海のきれいなこと、夏海岸で泳ぐと大きな魚が近くまで来ること。

台風が凄いこと。

どうやら石田さんの奥さんは私の妻の隣村の出身のようでした。

それならば、どこかで自分と血縁があるかもしれないと妻。

それを聞いて上機嫌になる石田さんなのでした。

「そうだ。中国から取り寄せた良い酒があるので、やりませんか。何でも清朝皇帝愛飲の古酒だとか。」酒を取りに行ったあと、私は妻に「石田さんはずいぶん君を気に入ったみたいだね」
「いやだわ~、亡くなった奥さんに似ているのかしら」石田さんは二本の酒瓶とワイングラスを持って帰ってきました。

「こちらが、中国の皇帝酒。ご主人どうぞ。こちらは果実酒。奥さんにはこちらが飲みやすいでしょう。」ワイングラスに注がれた琥珀色の酒を飲むと、なるほど、まろやかな良い味わいと、少し漢方薬を思わせる香りがしたのでした。

妻も、おいしいと言って、その中国の果実酒を飲んでいました。

石田さんは「奥さんは、少し言葉になまりがありますね、T島のなまりが・・・死んだ妻も同じなまりでした。東京で20年以上住んでいても、なまりが抜けないんですよね・・・」それからどれだけ時間が経過したのかわかりませんが、私は眠ってしまったようでした。

正確には、意識を失っていたと言うべきでしょう。

「ダメ、いや。やめてください。主人がいますよ・・・」妻の声に、ただ事ならぬ気配を感じて顔を声のする方に向けようとするのですが、全身がしびれていて、動きません。

ようやくのこと顔を向けると、全裸にされた妻の上に禿げ頭の石田さんが覆いかぶさっている光景が目に飛び込んできました。

石田さんはEカップの豊満な妻の乳に吸いつきながら、「奥さん、私はあなたのような人をずっと待っていたんだ。私は妻がいなくなって、妻じゃないとダメな自分に気がついた。でも、あなたは妻にうり二つ。双子のように、妻の若い時にそっくりなんだ。」そういって、チュウチュウ音をたてて、妻の乳を吸います。

「そっ、そんな~。ハァ~、だめ~」妻も薬を飲まされて手足がしびれているのでしょう。

手に力がはいらないようです。

「おとなしく言うことをきいてくれたら、家賃はタダにしますよ。どうです。ご主人には薬を飲ませましたので、朝までぐっすり眠っていますよ。それに、奥さんの飲み物には中国の媚薬をいれたから、そろそろ効いているはずだ」その言葉通り、石田さんがキスをして舌を妻の口に入れると、妻は抵抗するのを止めてしまいました。

石田さんは妻のからだをペロペロと舐めながら、乳房から、腋へ、お腹から女陰へと味わい続けました。

陰部へ辿りつくと、蜜を吸い取ろうとでもするかのように、音をたてて愛液を吸います。

妻は必至で声がでそうになるのをこらえているようでしたが、時々、アッ、とかウウッとか、声を洩らします。

石田さんの頭が離れたときに、ようやく見えた妻の陰部からは、沢山の愛液が溢れ出て、下に敷かれた座布団をぐっしょりと濡らしているのが分かりました。

「さあ、今度はわしのをしゃぶってくださいな」そう言って石田さんはベルトをゆるめ、ズボンをぬぎました。

パンツをおろすと私のものよりもずっと長くて太い陰茎が出てきました。

石田さんのは巨根です。

私のものは標準よりやや小さめです。

妻との行為の時も、挿入後に腰を動かしながら、頼りない感じがすることが多々あります。

本当に妻は感じているのだろうかと。

でも私の男性自身よりほか、男を知らないはずですから、妻には比較のしようがありません。

石田さんは座布団を枕にして妻の頭を上げると、自分の陰茎を妻の口に近付けました。

驚いたことに妻は口を開き、石田さんの陰茎をいやらしい音までたててしゃぶり始めたのです。

私は横に倒れたまま、薬で痺れて身動きひとつできずに、テーブルの下からその光景を見詰めていたのです。

妻は脚をややななめにして下半身を私の方に向けていました。

妻の表情は良くは見えませんが、枕のおかげで口もとは良く見えました。

ペニスが右の頬にあたって、大きく膨らんだりしていました。

次に69の姿勢にならました。

石田さんが妻の顔を跨ぎ、陰茎をくわえさせ、妻の両脚を開き、禿げた頭を私に向けて女陰を啜ります。

一度石田さんが私の方を見ましたが、慌てて私は両目をつぶりました。

なぜそうしたのか自分でも不思議ですが、気がつくと全身が痺れて、意識も泥酔したようにぼんやりしているのに、自分のうつぶせになって、たたみにあたっている股間が固くなっているのを感じていたのです。

妻の女陰を啜り終えると石田さんは向きを変えて、妻の股間にペニスをあてがいました。

「だめ~、ゴムを付けて~」妻が最後の抵抗をしますが、「用意していませんよ。
大丈夫。外に出しますからね」そう言うと、ぐいっと腰を押し当てました。

「ア~ン、おおきい」思わず妻の口から洩れた言葉でした。

ゆっくりと石田さんが腰を振り始めると「アアッ・・・いい・・ウウッ・・・ァあん。いい・・奥にあたってる・・」本気で感じているのです。

奥にあたっている、という言葉は、きっと石田さんの亀頭が妻の子宮口あたりまで、きているということでしょう。

妻の両脚を石田さんが両腕で抱えあげると、二人の結合部分が丸見えになりました。

白濁液が溢れて、たらたらと肛門の下へ流れていくのが見えました。

私のペニスでは届かない奥の性感帯を、今初めて刺激されて、媚薬の作用も手伝って、女の喜びに震えているのです。

私は自分の股間あたりが温かく溶ける感覚がしました。

射精したに違いありません。

こういう興奮の仕方は初めてのことです。

次第に石田さんの腰の動きが早まります。

50代とは思えないしなやかな動きです。

妻もアクメを感じて大きな喘ぎ声を出し始めた時、「もうがまんできない」そう言って腰を打ちつけたまま、ぶるぶると石田さんは身体を震わせました。

やがて、崩れるように妻に重なりました。

体重をかけぬように両肘で身体をささえ、妻にキスをします。

長いキスのあと、ようやく石田さんが妻から離れました。

深々と挿入されていた肉太のペニスを引き抜くと、妻の濡れて光る股間の膣口から、タラタラと精液が湧き出すように逆流してきました。

相当な量です。

「これからも、よろしくたのみますよ。家賃はずっとただにしますからね。」そういうと抜いたあとのペニスをまた妻の口にもっていき、しゃぶらせるのでした。

驚いたことに、妻は音を立てて尿道の中まで、石田さんの精液を吸い取ったのでした。

「今夜は朝までがんばれそうだ、あ、そうそう。ご主人がめを覚ますといけない・・・」何かを取りに別の部屋にいき、戻ってくると動けない私に近づいて、鼻の中に何かの薬液を噴霧しました。

虹色の何かが見えて、私は意識をなくしたようでした。

翌朝目を覚ますと、食事のテーブルはかたづけられ、服を着たまま布団に寝かされていました。

横には妻も昨夜来た時の服を着たまま眠っています。

二日酔いの朝のような目覚めですが、気分は悪くはありません。

昨日のことは夢のようでした。

妻をゆすって起こすと「やだ、いつ寝ちゃったんだろ」などと言っています。

腕時計は十時半を指していました。

さて、中国のお酒で幻覚でも見たのかと思いました。

「寝ちゃってしまったけど、昨日何かあった?」
「石田さんが、御主人が寝ちゃったので布団敷きますね、て言って、泊めてくれたのよ。」妻のいつもと変わらぬ落ち着いた態度に不思議と安どして、それ以上問いただしませんでした。

やがて石田さんがやってきて、トーストとコーヒーでもいかがですかと朝食をすすめましたが、昨夜の御馳走が胃に残っている気がして、朝食は辞退して、お礼を言った後帰宅しました。

「邯鄲の夢枕」という話を思いうかべながら帰宅し、部屋のかたづけなどをしてその日はすごしました。

でもトイレに行ったときに気がついたのですが、黒のパンツにかさかさに乾いたものが付着していました。

それは、自分の精液に違いありませんでした。

それからひと月ほどたったある日、妻のクローゼットに見たことのない高価そうな服が掛っているのを見つけました。

私が妻に渡している給料では、とても買えそうもないブランドの服です。

石田さんとの関係を疑った私は、対策を考えました。

まず、盗聴器、録音機、小型の録画装置です。

盗聴器はコンセント型のものなど数種類を買い込みました。

妻が入浴している間に携帯電話も調べましたが、やはり石田さんからの着信遍歴が数件ありました。

ハンドバックには、見たことのない大きめのカギがありましたので、散歩を装ってこっそり持ち出して合いカギを作りました。

石田さん宅の合いカギかもしれないからです。

そして作戦を考えていたある日に石田さんから私に電話がありました。

また、食事会をしないかとの誘いです。

電話口で妻に聞くと、「遠慮しようよ」というので、「かまわないじゃないか」と私は強引に言って、石田さんには承諾の返事をしました。

約束の日、石田さん宅を二人で訪問しました。

先日の食事のお礼にと手提げかばんに高級ワインを入れて、私が持って行きました。

もちろん、手提げ袋には、石田さん宅に仕掛けるべく、盗聴器や録画機も入れていました。

妻はクローゼットに隠し持っている服は着て行きませんでした。

石田さんの家に着くと、この前と同じ和室に通されました。

今回は和食で、にぎりずしやら刺身が用意されていました。

「奥さんを見ていると、死んだ妻があの世から送ってくれた様な気がするのですよ」ビールで上機嫌になった石田さんが言います。

「ご主人、許してくださいよ。老人のたわごとですから・・・私に子供がいれば、あなた達夫婦ぐらいの年のはずだ。愉快、愉快」食事が進んだころ、石田さんはまた中国の古酒を出してきました。

先日、私がかろうじて意識を取り戻したことを知らず、完全にだまされていると思っているようでした。

今度はだまされません。

酒を飲む振りをして、赤だし味噌汁の椀に移し、眠たくなったよと言いながら、眠った振りをしたのです。

もちろん妻にも気付かれぬように。

石田さんが私に近づく気配がしました。

きっと寝入ったか確かめているのでしょう。

「だいじょうぶだ。さ、奥さん、こっちへ来て、一緒に風呂に入りましょう」二人が出ていったあと、私は盗聴器と録画装置を持って浴室を探しました。

浴室のくもりガラス越しに、裸の二人の姿が見えます。

「わしが洗ってあげるよ」と石田さんの声がします。

次に寝室を探しました。

それは二階にある、大きなダブルベッドの置かれた部屋でした。

似たような電源ソケットをベッドわきに見つけて、盗聴器を設置しました。

また、リモコンで画像を送信できる小型カメラをベッドの見える本棚の上に設置しました。

浴室の前に戻ると、二人の繋がった姿がくもりガラス越しに見えました。

それは、バックから石田さんが妻を突いている姿でした。

激しく喘ぐ妻の声。

「アアン・・大きい・・・もっと突いて・・・」私は二人をビデオに録画しました。

「上の寝室に行きましょう」やがて石田さんの声がしたので、和室に戻って寝たふりをしていると、足音が近づいて来て「だいじょうぶ、ご主人は熟睡している」石田さんの声です。

やがて二階に上がっていく二人の足音がしました。

私は盗聴、盗撮受信機を手提げバックから取り出すと、スイッチを入れイヤホンで音声を確かめました。

「奥さん、すばらしい体をしている」
「アアー、石田さんもよ」画像スイッチを入れると小さな液晶画面に5秒毎に静止画が送られてきます。

裸の二人はベッドの上でキスをしているようでした。

記録ボタンを押して、メモリチップへの記録を開始しました。

やはり直接見たいという衝動が抑えられずに足を忍ばせ、片手には盗聴受信機を持って二階に上がって行きました。

部屋の中からは喘ぎ声がします。

「奥さんは綺麗なオマンコをしているなあ、クリトリスが固くなっている」
「ああ、いい」二人の会話は小声で、そのままでは良く聞こえませんが、ベッド脇の盗聴器からの音声をイヤホンで聞くと、すべての内容が聞き取れました。

ドアを静かに開け、小さな電球が照らすだけの暗い部屋に目が慣れてくると、石田さんが妻の股間に顔を埋めているのがわかりました。

ピチャピチャと女陰を啜る音が聞こえます。

しばらくすると、今度は妻が上になって石田さんの陰茎をフェラチオしました。

30歳ほども違う年齢の男の陰茎を美味しそうにしゃぶっているのは、自分の若い妻なのでした。

妻の父親は妻が学生の時に亡くなっているので、その面影でも石田さんにあるのでしょうか。

そういえば妻の父親も禿げていました。

驚いたのは、妻が飴玉でもほおばるように陰嚢を口に含んでいることです。

それは今まで一度も私にしてくれたことのない行為でした。

やがて石田さんの上に乗って、自らの手でもってそそり立つペニスを胎内に迎え入れました。

「アアー、奥にあたってる~すごくあたってるの」石田さんの亀頭が子宮口にしっかりとあたっているのでしょうか。

石田さんが腰を動かすにつれて、妻の苦しげな喘ぎ声も大きくなっていきました。

アアー、ああ~、いい、すごい、いっちゃう、もっと突いて~という言葉を繰り返して快感を歓び続けます。

次に石田さんは妻を四つん這いにさせ、バックから挿入しました。

「ううん。」今度は石田さんが唸ります。

「は~気持ちいい。奥まできつく締まってるな~。すぐにいきそうだ。アア、すごくいい」バックからは、よほど気持ち良いらしく、何回か腰を動かしただけで「うああっ、もう、我慢出来ない・・・」と大声で言って、中だしして逝ってしまいました。

少し休んで、妻はベッドの上でしゃがみ立ちすると、中の精液を確かめるように膣に指を入れました。

指を抜いたあとに続いて、膣口からダラダラと精液がシーツの上に垂れ落ちてきました。

「いっぱい出たね」妻が笑顔で言うと、石田さんはすぐさま若い妻のからだを抱擁し、キスをして舌を絡めあったのでした。

「そろそろ薬が切れるころだ。ご主人を見てきます。」ガウンを着る石田さんの姿に慌てて和室に戻ると、そこで眠っているふりをしました。

石田さんが近づく気配がして、再び鼻の奥に何かを噴霧され、またかよ、と思っているうちに眠ってしまったのです。

朝目覚めると、前と同じように妻と布団を並べて寝かされていました。

心配になって手提げかばんを開けましたが、盗聴、盗撮受信機やビデオカメラは無事でした。

やがて、妻も目覚めると「あなた、中国のお酒は、ずいぶん強いお酒なのね」などと、空々しい嘘を言います。

家に帰り夜テレビを見ていると、昨夜の妻と石田さんの痴態が脳裏に蘇ってきて離れず、妻をベッドに押し倒すと、犯すように交わりました。

妻の女陰を確かめるために匂いを調べましたが、よく洗ってきたらしく、石鹸のにおいしかしませんでした。

妻は感じやすくなっているせいか、本気汁を大量に出してよがり、いきまくりました。

しかし、明らかに妻のアソコは石田さんの巨根で押し広げられ、緩くなっていたのです。

私は溜まっていたものを一気に放出するかのように妻の中に吐精したのでした。

証拠写真や録音記録があるにも関わらず、私は妻を問い詰めることも、証拠をつきつけることもしないでいました。

妻の美しさは東京に来ても際立っていました。

実際街を歩くとイケメン男性にデートに誘われたり、スカウトマンにモデルをしてみませんかと名刺を渡されたりするのでした。

子供もいないので、仕事に行っている間は気が気でない状況ですが、今は浮気の相手がはっきりしていて、盗聴器などで出入りはモニターできていたのです。

良くない状態ですが、石田さんは50代の禿げ親父という外見上は嫉妬の対象ではないぶん、最悪ではない気がして、ぎりぎり我慢できていました。

妻は少なくとも週に1度は平日の昼間に石田さんに抱かれ、月に1度は私も同伴で夕食会後に、私が眠らされている(ふりをしている)間に石田さんとセックスしているのでした。

私は、二人の交わりの録音や録画を見聞きしては興奮し、耐えきれずに妻に挑みかかりましたが、妻の女陰は石田さんに奥の奥まで拡げられてしまい、私のペニスはその中で頼りなく果ててしまうのでした。

しかし、この奇妙な三角関係が4カ月続いたある日、事態が急転回しました。

妻が妊娠したのです。

妻が嬉しそうに、「今日、産婦人科に行ってきたの。妊娠3カ月だって」まるで私の子だとでも言うかのように話すのです。

「よかった。すごいや」自分で、自分の言葉が信じられない気持ちです。

次の日、意を決して石田さんに一人で会いに行きました。

妻には言っていません。

応接間に通されると「話というのは、どんなことですか」石田さんが切り出しました。

「実は、妻が・・・妊娠しました」
「それはめでたい。いやあ、すばらしいことだ」
「・・・・・・・・」
「何か問題でも?」
「はい。あなたの子だからです」しばらくの沈黙のあと「そうですか。
何もかも知っているのですね」
「私は・・・どうしていいかわからない・・・」
「私は奥さんに子供を産んでいただきたい」
「石田さん。何言っているかわかっているんですか。私の妻ですよ。」
「でも、あなたじゃ、子供を産ませられない」
「何だって!」
「私は知っています。ご主人は無精子症でしょ」
「何だってそんなことを・・・」
「あなたは、奥さんに隠していましたね、自分に子種がないことを」
「違う!たとえそうでも、石田さんには関係ないでしょう」
「そうです。あの日、あなた達に出会う前は。でも、死んだ妻にそっくりな奥さんを見たとき、妻と同郷だと知ったとき、関係ないとは思えなくなったんです」石田さんは涙ぐんで話始めたのでした。

「あの日の午前、私は病院に行ってきました。検査の結果を聞きにいったんです。そこで医師に告げられたのは、私の頭に悪性のたちの悪い腫瘍があること。深い場所で手術ができないこと。腫瘍の性質が悪くて、薬も放射線も効果が薄いことなどでした。医師は、良くてあと1年の命だといったのです。」
「それで、妻を・・・」
「私には財産があるが、信頼出来る身寄りがいない。そこへ妻と瓜二つの女性が現れた。しかも結婚して5年も子供がいないという。」
「し、しかし6年めに子供ができることもあるでしょう・・・」
「そうかもしれない。でも・・・」いい淀みながら「はじめてご主人が家に泊まった夜、寝ているあなたに浴衣を着せようとしたら、あなたの下着に精液がついていた。
5年も子供ができないと言っていたので、私はそれをスライドガラスに採って、書斎の顕微鏡で調べたのです。実は、私は獣医の大学を出ているのです。不動産業の親に反発して、紆余曲折があって。奥さんに後で聞くと、無精子症のことは知らないという。主人も不妊検査を受けたが、異常なかったと言っていたという。」
「そんなことをしていたのか・・・」
「わたしもひどいが、奥さんにあなたも正直ではなかった」
「・・・・・・」
「奥さんにも私の命があと一年だと知らせています。子供を産んでくれたら、私の妻と養子に一時的にして、全財産を継がせるから・・・。私が死んだらすべてあなたに返すから・・・どうかお願いします」そう言って石田さんは土下座して懇願するのでした。

そのとき応接間のドアが開いて、妻が入ってきたのでした。

「あなた、いいじゃない。産もうよ。あなたは夫、石田さんは子供の父親。それでいいと思うの、ね」やがて3人の共同生活が始まりました。

妻は、時々石田さんとセックスをして、たまに私ともセックスして、3Pも一度ではありませんが、お腹が目立ちだすと、回数は減らしました。

私は妻と一時離婚し、法的に問題のない時期に妻は石田さんと婚姻届を出しました。

やがて女の子が生まれると、それを見届けたように石田さんは亡くなり、相続税を払っても60億円の遺産を継いで、再び私と妻は再婚しました。

全ては石田さんの依頼した弁護士がきちんとしたかたちにしてくれたことでした。

今、私は会社をやめて、石田さんの家でマンション管理の仕事をしています。

資産の運用は妻の仕事になっています。

私の数奇な寝取られ体験談はこれで終わりです。

私達の賃貸マンションは夫婦専用で、それも若い夫婦の転勤族が多いです。

気に入ったご夫婦は、応接間でお茶をすすめていますので、機会がありましたらご一緒いたしましょう。

美味しい中華料理といっしょに、中国のお酒も用意していますので
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