気の強い妻(逆転)


出典元:エッチな萌える体験談

私は、まあまあの大学を卒業し、全国区ではありませんが一様地元では名の知れた企業に無事に就職しました。
俗に人の言う苦労知らずの道を歩んでいたのでしょう。自分では挫折も味わったつもりですが、友人に言わせると、そんなのは世間知らずの甘ちゃんだと冷やかされてしまいます。人の痛みは10年でも我慢出来ると言いますが、私もそんな感覚で、自分の悩みは大した物で、人の悩みは小さな物にしか感じない俗物なのだろうとは自覚しています。
そんな私が25歳で3年後に入社した今の妻と職場結婚しました。
その時の妻の雅子は、野性的な美人でありながらも、個性的な雰囲気がその風貌をより強いインパクトにし、男性社員から可也人気がありました。
職業柄、女性社員の多い職場で、これ程人気の有るのも珍しい存在では有りましたが、私は私で、まあまあの容姿で遊び人でしたので、それ程気に掛ける存在ではありませんでした。
彼女は、多数の男性社員からデートの申し込みを受けた様ですが、食事を付き合う位で、誰とも真剣な交際には至らなかったので、身持ちの堅い女で通っていました。
その結果が、今の私の変わった幸せ?に結び付くのでですが・・・・・
しかし、此処に至るまでには、人には語れない苦しみを経験させられたのです。

妻とはあるプロジェクトで同じチームとなり、残業続きで帰りが遅く、一緒に食事や飲みに行く機会が増えた事でお互いに親密になって行きましたが、私にとってはガールフレンドの一人に過ぎませんでした。
ましてや、同僚達が言う様に身持ちの堅い女なら、それ以上の深入りは、私が恥を掻くだけと思い、有る程度の距離を取る事が、賢明だろうと思っていたのです。私はプライドが高いのです。
そんなある日、珍しく酔った彼女の口から意外な言葉を耳にします。

「私は貴方に一寸興味が有るんですけど、貴方は如何ですか?」

「えっ?僕に?」

「そうです。何か不良ぽっくて、でも仕事をしている時は真剣で、アンバランスな所に魅力をとっても感じます。
今迄、いい男はいっぱい居たけど、先輩みたいな人は凄く年上の人にしか居なかったわ」

まさか彼女からそんな事を言われるとは思ってもみなかったので、可也驚きました。
それでも私も男です。

「それは光栄だな」等と格好を付けていましたが、鼻の下は伸びていた事でしょう。

それからは、彼女からの誘いが頻繁で、それまでのガールフレンド(セックスフレンド)とは少しずつ疎遠になって行きました。
付き合いが始ると同僚達のやっかみも有りましたが、それは私のプライドをくすぐるものでしか有りません。
しかし彼女への風当たりそれなりで、庇うのに一苦労したのを思い出します。
そんな事も有って、結婚を機会に退職させました。と言うよりは、夫婦での勤務は認められ難い古い習慣がある職場でも有ったのは事実です。
少し早い結婚では有りましたが、同じ年齢の他会社に務める者よりも少し給料も良く、贅沢をしなければ食べて行けるだろうと思い決断したものです。それでも、厳しい生活だったなぁ、あの頃は。
何年も経たないうちに、2人の娘にも恵まれましたが、予想外に勝気な妻の性格に幾度と無く、離婚の危機を迎えたのも事実です。
何せ予想はしていましたが、想像以上に気が強く自分の考えを絶対に曲げません。
今となっては妻からのアプローチでは無く、私が熱烈に言い寄ったのが結婚の理由だと当り前の様に言ってはばからないのですから想像して頂ければ御理解い頂けるのでは無いでしょうか。
理論的に話しても理解し様としない態度は、宇宙人と暮らしているのかと思ったものです。
そんな妻との生活ですが、それなりに幸せも感じていた私は、遊び人の面影も無くし平凡な生活を送って居たのです。
何せ、結婚事態経験が無いので、こんなものだろうと思い込んでいたのです。
妻の強気な性格が私には苦痛に思える時も多々有りますが、皆こんなこと位は当り前の事として生活しているのだろ。
性格的には合わないかもしれないが、人前に出して自慢の出来る容姿を持っている妻はそうは居ない。
私は人生経験が浅かったのでしょうね。そんな事で自分を誤魔化していました。
しかし、妻はそんな生活だけでは、満足しては居なかった様です。
ある日、妻が専業主婦に飽き足らなくなったのでしょう。

「貴方。仕事を始めてもいいかしら?千秋が勤めてる会社で人を募集してるの。貴方が良かったら社長さんに推薦してくれるって」

千秋とは、妻と同期で入ってきた社員で、やっぱり結婚を機に退職した女性ですが、その後離婚し1人で子供を育てている妻の今も続く友人です。

「仕事は遅くなるのか?生活に困っている訳じゃないんだ。生活に歪が出来る様なら認められないぞ」

「大丈夫よ。残業は無いって。5時に終るからどんなに遅くても6時には帰れるわ。それから夕食の用意をしても、充分に貴方には迷惑を掛けないと思うの。ねぇ、子供達も手が掛からなくなったしいいでしょう?
私このまま糠みそ臭くなりたくないの。御願い。いいでしょう?」

その頃、まだ娘達が2人とも高校生です。短い時間の仕事ならまだしも、9時から5時迄のフルタイムなら影響はないのか?

「子供達の世話は如何するんだ?」

「あの子達には、もう許可を得てるの。かえって私が四六時中居ない方がいいみたいよ。勿論、誰にも不自由はさせないわ。だからいいでしょう?」

それ迄、習い事のサークルに参加したり、娘の学校の役員をしたり、積極的に社会に関わって来ては居たのですが、上昇志向の強い彼女には物足りない生活だったのかも知れません。
確かに子供達は高校生と言っても、妻の干渉はしないが、全ては自己責任と言う教育が行き通り、問題を起こす事も無く、親にも好きにしたらと言う態度でした。
今迄、よくやってくれて居たのでしょう。私は今迄通り家庭を守っていて欲しかったのですが、妻の望みに反対する事が出来ませんでした。
勤め始めた妻は生き生きとし、私が内心では反対した事を申し訳なく思いもしました。
約束通り、帰ると食事の用意も出来ていて、今迄と何も変わり無い生活を送る日々でした。
それから1年程経って、微妙な変化が訪れます。

勤めてから暫らくは6時前には帰り、夕食の用意もちゃんとして、職場での話しも私が煩いと思う程していたのすが、1年位経った辺りから何も話さなくなりました。
私が妻の職場の話を振っても、曖昧にはぐらかすのです。
それどころか、帰宅時間も遅くなる事が増えて行きました。私も早く帰れる方では有りませんが、それよりも遅い事がしばしばです。
当然、夕食の用意もして有りません。
子供達が不満を漏らすのも無理有りません。
帰宅後の妻は、私と目を合わせる事を避ける様に浴室に向かいます。
『何か変だな。何か有るな』当然、疑念が湧き起ります。
堪りかねた私は、妻に問い掛けます。

「初めの約束と違うんじゃないのか?仕事をしていれば遅くなる事も有るだろう。しかし、こう頻繁では。
子供達が文句を言うのも当り前だと思う。家事に差し支える様なら止めてくれないか?」

私の問いに、妻は勝気な性格を垣間見せます。

「私はそれなりに会社で重宝がられてるの。言っちゃなんだけど、その辺の無能な男よりは仕事が出来るのよ。
確かにこの所遅くなる事が多いけれど、子供達にはちゃんと連絡してあるわ。
貴方だって妻が会社で必要とされていのを喜んでくれてもいいじゃない」

そう言う妻の顔は、般若の面を連想させるものです。
こうなると何を言っても水掛け論になってしまい、気まずい思いをするだけです。
これまでに何度と無く経験して来た、妻の嫌な一面です。

「約束は約束だ。なるべく早く帰って来いよ」

「貴方に言われなくても分かってるわよ」

気が強いのにも程が有ります。何時もこの通り自分の意見を曲げません。
情けない話し、私はそんな妻と議論するのが嫌で大半の事は避けていました。
何処の夫婦もこんなものだろうと自分に言い聞かせて来てはいましたが、これからの長い夫婦生活を考えると可也のストレスへとなっていました。
私もけっして温厚な方で無く、どちらかと言えば我侭な甘えっ子だと自覚しています。
『この結婚は失敗だったかもしれない』
こんな時、心の片隅を占める正直な気持ちです。何度そんな事を考えただろうか?
子供達には申し訳無いが、自分達の考え方の違いも語り合えないで、このまま時が経てば、必然的に仮面夫婦になってしまうのでは無いだろうか?
それが子供達にとって本当の幸せなのだろうか?
しかし、私の疑念は、少しだけ晴れた様な気がします。幾らなんでも、妻が不倫に走っていたなら、あんな言い方は出来ないだろう。
甘いですか?甘いですよね。私もそう思います。
でもその時は、それならそれでいい。その時は私の腹は決まっている。
そうなのです。私はこの結婚を失敗だと、もう心の中では結論を出していたのです。
私に少し抜けているところが有っても、もう少し優しい女性が合っているのだと思っています。
私はある決断をしていました。子供達が高校を卒業したら、離婚も含めたこれからの話し合いを持とうと。

私のそんな考えを見透かすように、次の日は私が帰宅すると妻は既に家に居て、珍しく頭を下げました。

「貴方、昨日はあんな言い方して御免なさい。悪いとは思っているの。でも、私は素直に直ぐに認められないのよ。
分かっているんだけど出来ないの。貴方に嫌な思いをさせてると思うわ。本当に御免ね。
それで、昨日の事なんだけど、なるべく残業はしないようにする。今日、部長に御願いしたら了解してくれたの。
でも、水曜日だけは残業してくれって。貴方、週に1日だけは許して」

そんな妻の態度に面食らった私は、またしても妻のペースに乗せられてしまいます。

「週に1日だけならしょうがないな。後の日は俺にはまだしも、子供達の事はちゃんとやってくれよ」

「分かっています。任せてちょうだい。貴方は仕事に打ち込んでね」

週に1度残業で遅くなる。それを許可した私。
もしも妻が私が疑念を抱く様な事をしているのなら、それを了解したのも同然でしょう。
間抜けな話しです。しかし、水曜日の残業と指定されたのなら、証拠を掴むのも容易になったのも事実でしょう。
まあ、機会が来たらそうしよう。疑念がまた頭をもたげますが面倒臭いのです。
離婚と言う言葉が頭に浮かんだ時から、何事にもこんな感じで後回しにしてしまいます。
こんな私に、あの妻はどんな感情を抱いているのでしょう。
きっと、面白みの無い情けない、ものぐさな男と映っている事でしょう。
でも、初めからこんな男だった訳では有りません。私も言う事は言っていたのです。
しかし、その結末が私の望んでいるものとは違い、気持ちが疲れてしまったのでしょう。
こんなところを他人が見たら、きっとうだつの上がらない駄目亭主に映るのだろうと思います。
子供達にも、もっと男らしく遣り合えばいいのにと言われる程です。
でも疲れた。本当にそんな事に疲れた。
何時かそんな時が来たら俺も男だ。きちんと落し前は付けると思っていても、中々そんな時は訪れませんでした。
いや、そんな時もきっと逃げてしまうのだろうとさえ思ったものです。

妻の残業の水曜日がやって来ました。
やはり、帰宅は私よりも遅い様です。食事は娘達が用意してくれるので困りはしません。
私は帰宅後の妻の様子を細かく観察してやろうと思っています。
10時をとうに回って妻は帰宅しました。
やはり、私には視線を合わさず浴室へともかいます。

「食事はすんだのか?少し話しでもしないか?帰るそうそう風呂でも無いだろう」

「後にしてくれる。汗を掻いて気持ち悪いのよ。シャワーを浴びてくるから少し待ってて」

「そんなに汗を掻く季節でもないだろうに」

私は妻に疑われているんじゃないのかと思わせたかったのです。
どんな表情をするだろうか?

「そんな事言ったって、気持ち悪いんだからしょうが無いでしょう。すぐに出るわよ」

妻はその時も私と視線を合わせ様とはしません。
シャワーから上がった妻に職場の事を聞くと、やはり余り話したがりません。
勤め初めと違い、今は仕事は楽しいけれど、それだけ責任も持たされて家庭では仕事の話しはしたくないそうです。
男が言う様な事を言っています。それにしても、勤めて1年足らずでそんなに責任の有る仕事を任されるもなのか?
会社にも色々あるでしょう。ましてや、妻の務め先はそんなに大きな会社では有りません。
自分で言う様に、男以上の仕事をするならそんな事も無いとは言えません。
でも私は疑っています。
そんな目で妻を見ているのですから、それからも言い争いは幾度か有りました。

あからもう4年が経ちました。
娘達も大学に通う様になり、私が以前から心に決めていた時期が来ているのです。
妻はと言うと、娘達に手が掛からなくなったのをいい事に、週1回の残業の約束を全く守らなくなっています。
その事を切欠に、妻と互角に向かい合う覚悟を遂に決めました。
残業で遅くに帰宅した妻に私は声を掻けます。

「もう、仕事を辞めてもいいんじゃないのか?俺ももう46歳だ。家に帰って自分で食事の用意をするのはきつい。
約束通りに週1回の残業で済まないならもう辞めてくれないか?」

「食事の用意なら、あの子達にしてもらえばいいじゃない。あの子達ももう大人なんだからその位させてよ」

「あいつらにも事情があるだろう。バイトで遅かったり、勉強も忙しい。そう毎回頼んでもいられないよ」

その時妻は言わない方がいい事を口にします。

「そんなに私が仕事をするのが嫌なら、別れてもいいのよ。子供達ももう大学に入ったし理解してくれるわ。
私は離婚してでも仕事を続けたいの」

「そうか。俺達の生活よりも仕事がそんなに大切か。分かった。考えてみるよ」

「えっ?」

妻は私がこんな反応をするとは思ってもいなかったのでしょう。
流石に私の目を驚いた様な表情で見返しました。
私はそんな妻を無視して寝室に向かいます。
私の表情は妻とは逆で、満面の笑みが浮かんでいる事でしょう。
私から言わなければならない事を妻が口にしたのです。私は何一つ面倒な事をしなくていいのです。
もし、このまますんなり離婚となっても、慰謝料だの何だのと煩わしい事も有るでしょう。
その時は、少しでも有利な立場に越した事は有りません。
妻が私が疑っている様な事をしているのなら、証拠を掴む事も必要です。
その事については、1ヶ月前に興信所に頼んで有ります。1ヶ月分ともなれば、可也のお金も掛かりますが、その位のへそくりは持っていました。
多額の慰謝料を払わずに、まして相手の男から慰謝料を取れる事を考えると安いものでしょう。
私は翌朝、何か言いたげな妻を避け出勤しました。帰りに興信所に寄るのが楽しみです

仕事もそこそこに、定時で退社した私は興信所の椅子に座っていました。何か心臓がバフバフしています。
その結果は、残念な事にと言うのか、予想通り見知らぬ男とホテルに入るところと、出て来た現場が写真に写されていました。
セックスの現場を見た訳では無いのですが、妙に嫌らしい写真です。
何か腹が立つものですね。私は非常に不愉快です。

「この男は、奥様の会社の部長です。当然この年ですので妻子持ちです。まあ、ダブル不倫と言う事ですか。
いい憎い事ですが、大分前からの関係な様です。詳しい事は調書に記載されております」

調査員は淡々と話します。こんな事は日常茶飯事なのでしょう。
私は不思議と笑みがこぼれました。しかし、その笑みは妻が離婚を口にした時とのものとは違い、背中に汗が流れる様なものでした。
きっとプライドの高い私は、この調査員の前で冷静な男を装いたかったのでしょう。
思い通りの結果でしたが、何故かショックを受けました。それも思いの他大きなものでした。
こんな感覚を覚えるとは思ってもいなかった。何処かで、妻の事を信頼していたのでしょうか?
そんな事は有りません。私は可也前から疑念を抱き、そのまま何もしないでほったらかしにしていたのですから。
私の食事の仕度も週に半分もしない、夜の営みも妻が残業を口実に帰りが遅くなる様になってから、片手にも満たない位しか有りません。
疑わない方が可笑しなものです。
それでも私は妻が不倫をしてい様がいまいが、如何でもいい事だったはずです。
そんな生活でしたので、私も出入り業者の女性社員と飲みに行ったりして楽しんでいました。
深い関係では有りませんが、これからの人生を共に過してみたいと思う女性です。離婚歴は有りますが、子供は居ない38歳の人です。年よりも若く見え、可愛らしく、何せ性格が明るい。
一緒に居て気持ちの暖かくなる女性です。
妻と別れた後は、この人と真剣に付き合いたいと思っています。
そんな感情が、吹き飛んでしまう程の感情が湧き起ろうとは、全く思ってもいなかった事でした。
気持ちを落ち着かせるために、目に入った喫茶店に入りました。
あれこれ考えていると、気持ちも大分落ち着いて、冷静になる事が出来ました。
私の出した結論はこうです。
男である以上、幾ら予想はしていたとは言え、妻の浮気の現場を目の当たりにすれば、それなりにショックを受けるのは当り前。
確かに妻には物足りない夫では有ったかも知れないが、私は独身時代とは違い、何一つ家庭に後ろ暗い事をしなかった。
それなのに、私を甘く見て裏切り行為をこんなに長く働いていた妻への怒り。
当然、共犯者への怒りも有るのです。
結局私はうちづらが良すぎたのです。会社ではそれなりのポジションで充分に厳しい檄も飛ばします。
そんな私を甘く見て馬鹿にした妻達に、プライドを傷つけられた事への怒りが納まらないのでしょう。
ただ離婚するだけでは済まさない。私が負った傷以上のものを相手にも味あわさなければ納得出来ません。

帰宅すると、昨日の強気な私の態度が気になったのか妻が先に帰っていました。
妻が激しい言葉を口にした次の日に限って、帰宅が早いのは、相手の男の入れ知恵なのかも知れません。
前の日の私との出来事を、不倫相手とどんな顔で話し合っているのでしょう?
そうだとすると、私に不倫が知れるのを恐れているのでしょうか?
と言う事は、相手も家庭を壊す気持ちは無いのだと推測出来ます。
妻はそれを承知で付き合っているのだとしたら、また同じ考えなのでしょうか。
ただ、どんなシュチュエーションで、前日の私との出来事を話し合っているのでしょう。
ベッドの上でなのか?まあ、勝手にしてくれと言うしか思い浮かびません。

「お疲れ様でした。今日は残業しないで早く帰って来ちゃった。ねえ貴方。私昨日言い過ぎたわ。御免なさい」

妻は素直に謝罪して来ます。
何時もはこの妻のペースに乗せられてしまう私ですが、今日はそうは行きません。
しかし、昨日別れてもいい様な口振りだったのに、何で一夜でこんな事を言い出すのか。
全く面倒くさい。

「幾ら夫婦でも、昨日のあの場では言うべきじゃなかったな。お前は感情に任せて軽く口をついたのかも知れないが、
受け取る俺はそうでは無かった」

内心私は困っています。昨日の続きの話しなら、なんぼか気楽なのに。
そんな私の気持ちとは裏腹に、妻は神妙な表情で俯き加減に答えます。

「本当に御免なさい。私も仕事で疲れていたものだから、つい感情的になってしまったわ。勿論別れるつもりなんかないの。私にとって貴方は仕事より大切な人だもの。反省しています」

何が仕事で疲れていただ。男との戯れで疲れたのだろう。この神妙な顔も、裏では舌を出しているに違いない。
結婚後、自分の性格の甘さで妻に舐められて来た。例え浮気をしても、この馬鹿亭主なら気付かないと高を括っていただろう。
確かに私は事なかれ主義の一面も有る。しかし、ここ一番ではやる事はやる男でもあると自負している。
だから会社でも今の地位に居るのだ。

「仕事を持っている以上、疲れもするだろう。それだけ責任の有る仕事を任されているのは、俺にとっても嬉しいよ。
だけど、俺の収入で何とか食っては行ける。子供達の学費だって、大変ながらも如何にかなるはずだ。
贅沢は出来ないが暮らして行けるだろう?違うか?それが、お前の仕事で家庭がおかしくなって行くのは話が違うと思わないか?ところで、そんなに疲れる仕事ってどんな仕事だ?」

この時、妻の表情が硬くなったのを見逃しませんでした。
私は、会社での面接試験にも参加しています。
人の表情を見るのは、ある意味プロなのです。

「どんな仕事って・・・・・」

「お前は会社の事を話したがらない。俺も本当に疲れた時はそうだよ。だけど、愚痴の一つも言いたい時も有る。
だって、俺の事を本当に理解してしてくれているのは家族だろう?だから愚痴も出るんだよ。
お前はそれすら無い。お前には家族以上に理解してくれる人間がいるのか?だから仕事の愚痴の一つも漏らさないのか?
その人が、全て聞いてくれるのか?」

この言葉に、妻の顔面が蒼白になって行きます。
半信半疑ながらも、浮気している事がばれたのではと思っているのでしょうか?

「そっそんな事は無いわ。・・・ただ仕事で疲れて帰って来る貴方に、私の愚痴を聞かせるのが申し訳無いと思っただけ

よ。私なりに気を使ったつもりなんだけど・・・・・」

物は言い様です。何時もなら、ここで『そうか、分かった』と引き下がるところです。
だけど今日は違うぞ。いや、待てよ。一寸からかってやるか。

「そうか、分かった。気を使ってくれていたんだな」

妻の表情に明るさが戻る。馬鹿め。

「そうなの。私は私で気を使っているのよ。そりゃあ愚痴を溢したい事だって有るわ。だけど、そんな事してたら貴方に仕事を辞めろって言われかねないし」

「久し振りに話してみろよ。今日は幾らでも聞いてやる。アドバイスできる事が有るか無いかは分からないが、これでも
俺も管理職の端くれだ。参考になる事が有るかも知れないぞ。俺から辞めろなんて言わない。お前がどんな責任の有る仕事を任されて、どんなプレッシャーに耐えているのかが知りたい」

私は底意地が悪いとは思っていません。しかし、その日はは妻をタップリと意地悪く甚振りたくなりました。
妻は言葉に詰まります。当然でしょう。そんな責任を持たされた仕事等していないのでしょうから。
きっと妻の頭の中は、どんな言い訳をするかでパニックになっているのでは無いでしょうか?
生半可な答えなら、私の突っ込みが有る位分かっているはずです。

「・・・・どんな仕事って・・・色々有って一口では言えないわ。確かに貴方と関係した仕事だけど、私の居る会社は
大きく無いから雑用も含めて大変なの」

「ふ~~ん。人数の少ない会社は大変だよな。それは疲れるな。あんな時間迄、責任の有る仕事を任されているのに雑用をさせられたらそれは疲れる。帰ってから直ぐにシャワーを浴びないといられない程汗を掻くのもこれで分かった。
話してくれると色々と不思議に思っていた事が理解出来た。なあ雅子。たまには夫婦の会話も必要だな。
正直に白状するとな、俺はお前が浮気しているんじゃないかと少しだけ疑っていたんだよ」

妻の顔がその瞬間険しくなりました。人間は本心を突かれると怒り始めるものです。

「貴方、私をそんな目で見ていたの。確かに仕事はしたかったわ。専業主婦は社会から遠ざかるのよ。
近所の奥さん達だって、話しと言えば子供のことばかり。嫌になるわ。でも、少しでも家計の足しになれば、貴方にいい服だって買ってあげれるし、子供達にだって・・・・・そんな事を思われたなんて・・・・
私悔しいわ。私、貴方を信頼出来なくなっちゃう・・・・」

終いの方は涙声にさえなっています。役者です。私の思っていた以上の役者です。
妻は何時からこんな事が出来る女だったんでしょう。
私に言い寄って来た、あの若い雅子がもうこんなに役者だったのかも知れません。
内心自分の浮気が発覚したかもと思っていたのかも知れませんが、今はその恐怖から開放されているのでしょう。
女は本当にしたたかな生き物なのでしょうか。私は女の本性が今でも分かりません。

「それは悪い事をした。申し訳無い。本当は反省してないよ」

私も腹の中で舌を出しました。

「・・・・分かってくれて・・・えっ?何ですって?」

妻が一瞬驚いた表情を見せたました。

「うん。反省してない。俺は今の生活に嫌気がさした。仕事を取るか家庭を取るかどっちかにしろ。二つに一つだ。それ以上の選択技は無い」

私は、今の男と子供を含めた私達の生活のどちらを取るのだと聞いたのです。
その真意が妻に伝わったかは分かりませんが。切り札はまだ使いません。
まあ、私的には妻の選択は一つしかないのです。家庭を選んだとしてもこの家に妻の居場所等無いのです。
気分は良く有りませんが、男と今の仕事を選んだ方が幸せなのかも知れません。
しかし、男が誠実な人間ならと言う条件が付きますが。
私は、相手の人間性をこの時は何も分かっていません。
そんな事は如何でもいい事で、今はじっくりと御話しさせて頂きましょうか。
女房の尻に敷かれていた人生を、ここらで逆転と行きましょう。

どっちかにしろと言われても・・・・・私には今の仕事も大切だし・・・・」

妻は言葉を詰まらせています。
当然でしょう。部長とやらとこんな関係になって何年経つのか?
男と女がこれ程長く関係を持って、そう簡単に切れるものでは無いでしょう。
愛が有るのか如何なのかは別として、それなりの情は有るものだと思います。
常識的に愛情が無い男と、こんなに長く続くなんて考えられない事です。

「俺は昨日のお前の言った言葉が忘れられない。仕事を捨てられないなら別れるしか無いな。
だって、今の俺は独身と何ら変わりが無いじゃないか。確かに、お前の収入分だけ生活が楽なのかも知れないが、その分俺達の生活は如何なんだろうか?子供達に手が掛からなくなって、二人だけの時間がたっぷり持てるものだと思っていた。しかし、今の状況は全く逆だ」

私も興信所の報告書を叩きつければいいものを、ぐたぐたと何を言ってるのでしょう。
自覚は無かったのですが、きっとサディストなのかも知れません。
じわじわと妻を甚振りたいのか?
それとも、『愛しているのは貴方だけ』なんて言葉を期待しているのでしょうか?

「別れるしか無いって・・・・そんな事言われても・・・・」

妻は何を焦っているのでしょう?
今だって、男と逢いたくてしょうがない気持ちを抑えているだけなのかもし知れないのに。

「お前が言い出した事じゃないか」

「・・・・それはそうだけど・・・・本気で言った訳じゃないの。貴方だって私の性格位分かっているじゃない。
かっとすると思っても無い事が口から出ちゃうのよ。だから今日こうして謝っているんじゃないの」

何を言っているのか。心にも無い謝罪なんて意味が有りません。自分勝手もいい加減にしてもらいたい。

「別れるつもりは無いと言う事か?」

「えぇ、そんな気持ちは有りません」

「それなら仕事は辞めるんだな?俺は仕事か、家庭かと言ったはずだ」

「・・・・・・・・・」

「俺とは別れないけど、仕事は続けたいと?」

「えぇ、そうしたい」

全てを知っている私には、妻の言い分が勝手過ぎて腹が立って来ました。我慢の限界が来てしまいます。

「俺とも別れたく無いし、男とも別れたく無いと?随分勝手な言い分だ。二兎追う兎は一兎も得ずと言うぞ。
お前は大丈夫か?さようなら。話しはこれ迄だ」

私は妻が用意した食事にも手を付けず、一人寝室に向かいました。

「貴方!貴方!何を言ってるの!」

背中に妻の声が聞こえましたが無視です。
ベッドの上に身体を横たえ、これから如何なるのかと考えます。このまま、すんなり事が進むとは思えません。
『面倒臭いな』
それにしても妻が後を追って来ません。
普通こんな場面では私の後を追って来て、真意は何かを問いただすのでは無いでしょうか。
その時の為に、興信所から持って帰った報告書を用意しておこう。
しかし、それを今にカバンごと居間に忘れて来てしまっています。
しょうがなく私は居間に戻りました。
音を立てずに引き返したつもりは無かったのですが、ドアの向うで妻が誰かとの話し声が聞こえて来ます。
話しに夢中なのか、私がドアを一枚挟んでそこに居るのも気付かない様子で小声で話してます。
相手は不倫相手の部長でしょうか?
私は聞き耳を立てました。

「・・・・だから何か感ずいている様で・・・・そんな事言ったて・・・・・言ったじゃないですか。
こんなに遅く帰る日が多いと幾ら家の人でも疑い出すって・・・・それはそうですけど・・・・
えぇ・・・何とか誤魔化しますけど・・・・」

やはり電話の相手は部長の様です。
私の言葉に不安になって相談の電話を掛けたのでしょう。
『馬鹿共が。何が幾ら家の人でもだ』
腹も立ちますが、いい転回でも有るのでしょう。
私はそっとドアを開けました。
妻は私に背を向ける体勢で携帯を握って、すぐには入って来た事に気付きません。
余程話しに夢中なのでしょう。
私はカバンを取りに進みます。やっと、私の存在に気付いた妻は慌てて口調を変えます。

「あっ!そっそれではまた連絡いたします」

「仕事の電話か?忙しいんだな」

「そっそうなの。嫌になっちゃうわ。家に迄電話なんかして欲しく無いのに」

「仕事をしてるとしょうが無いよ。だけどお前から電話する事も無いだろうに。本当に仕事が出来る人間のする事じ無いと思うぞ」

「私から電話なんてして無いわよ。貴方何を言ってるの?」

私は妻に近づきます。履歴を消してしまう時間を与えたく有りません。
もう、先送りはよしましょう。
妻が持っているピイクの物体に手を伸ばします。

「ちょっと何なのよ」

素早い私の行動に妻は付いて行けません。
妻の携帯は私の色違いです。表示の仕方は分かっています。
思った通り、履歴はつまから男に掛けたものです。
私は妻の目をじっと注視し送信ボタンを押しました。

「あっ!」

妻が素っ頓狂な声を上げますが、そんなのは無視です。
妻の携帯を使ったのですから、当然相手は無用心です。

「如何した?細かい話しは明日にしてくれないか」

「明日は無いよ」

思わぬ私の声に相手は返事も出来ない様です。
私もこんな時には勇気が要るのです。足に震えを感じました。

「明日はないよ」

相手も声が出ないが、私も次の言葉が出ません。
ちょっと勢いに任せて張り切り過ぎました。しかし、俺も男だ、後戻りは出来ないでしょう。
慌てた妻が私から携帯を奪い取ろうとしましたが、私は突き飛ばします。
尻もちをついた妻の顔は流石に蒼白で、唇がわなわなと震えています。

「そうだな。今日はもう遅い。あんたの言う通り明日話し合おうか。俺があんたらの会社に御邪魔するよ。
逃げずに待ってろよ。あっ、そうだ。俺が誰かは分かるよな」

「はっはい。御主人でいらしゃいますね・・・・」

男は会社に来られては困ると言いたかったのでしょうが、そんな相手の気持ち等気はもうとう有りません。
一方的に電話を切っていました。
その後の私の心臓の高鳴りはドクドクと妻に迄聞こえそうな勢いです。
私も気の小さな男です。全く情け無い。
そんな事を妻に覚られるのが嫌で、カバンを持って寝室に引き返しました。
ただ居間を出る時に、一言だけ妻に声を掛けます。

「そう言う事だ。終わりにしようや」

妻がどんな表情でその言葉を聞いたのかは、背を向けた私には分かりません。
しかし、身動き一つ出来ない妻の気配は伝わります。
寝室に入り、興信所で渡された報告書を開いてみます。
そこには男の名前、住所、家族構成等が記載されています。

『子供が1人か。家の子達より年下か。これから金が掛かるのに、女にうつつを抜かしている場合じゃないだろうに』

妻と男との写真、報告書、私の武器は揃っています。
これから、この2人を如何料理するかですが、こんな経験の無い私には、今一つ自信が有りません。
ベッドに疲れた身体を横たえた時、妻がドアノブに手を掛けた様です。
私は当り前に鍵を掛けていました。

「貴方、開けてくれないかしら。何か誤解してると思うの。話を聞いてちょうだい」

どんな悪知恵を思いついたのか?まさか男に教えられた通りに話そうなんて思っているのじゃないだろうな。
興味の有るところでは有りますね。
私は書類を簡単に片付けて鍵を解放しました。

「貴方、何か勘違いしてないかしら。私から電話したのに嘘ついて悪かったわ」

寝室に入ってくるなり、そんな事を言い出します。
子供を育てた女は、怖い物知らずです。あの初々しかった若き頃の妻はそこには居ません。
気性の荒い女では有りましたが、こんなには図々しくは無かった・・・

「残業を減らして欲しいと部長に頼んではいたの。でも中々許可してくれなくて・・・・・・
その結果がこれじゃない。だから部長に如何してくれるって文句の電話を掛けたの・・・・・
何か貴方に誤解されてるみたいだから、つい嘘をついちゃって・・・・」

白々しい。

「そうか。そんな話をしていたのか。ちゃんと言ってくれればよかったのに」

私は薄ら笑いを浮かべながら、妻に興信所の封筒を渡しました。
何気なく受け取り、それが何を意味するのかを悟った妻の表情が凍り付いたのは言うまでも無いでしょう。
嘘がばれたら極まり悪いのは誰しも同じです。ただこの嘘は性質が悪い。
その位の感情は、幾ら厚顔無恥の妻でも有ったみたいですね。

「中を見てみろよ。面白いぞ」

妻は封筒の中を見る事が出来ません。
当然その中から何が出て来るのかは分かっているでしょうから。
暫らくの沈黙の後、妻が問います。

「如何して?如何してこんな事を?」
意味不明な言葉を口にしました。相当焦っているのでしょう。

「如何してって何が?如何もこうもないだろう。疑っていたからに決まっているじゃないか。俺はお前が思う程馬鹿じゃ無いよ。
自分からこんな不埒な事を止めてくれるのを待っていた。
その時は俺も怒るだろうけど、しっかり話し合って、お前が望むのなら許してやろうと思っていた。
しかしそんな日は来なかったな。もう許す気持ちは無くなったよ。お前だってこのまま終りにした方がいいのだろう?」

心にも無い言葉が口から出て来ました。私は初めから許してやろうなんて思っていません。
でもそんな事を言ってしまうと、あたかも本心の様に思えて来るから不思議です。
私は取引先の彼女の顔を思い浮かべていました。と言うより、何時も頭の中に居るのです。
彼女がその気が有るのなら、今すぐ妻と別れて一緒に暮らしたいとも思っています。
それが実現すると、現実が幸せなのか如何なのか。私には分かりません。でもこの年になっても女は新しい方がいい。
惚れて惚れて結ばれた結婚では有りませんでした。将来を真剣に見詰ての結婚でも無かったでしょう。
世間知らずなゆえ、自尊心を満足出来るもので有れば誰でもよかったのかも知れません。
だからこそ、今は真剣に若気の至りを後悔してるのでしょう。
おっとりとして優しい女を私は求めている。
勝手ですが求めている。あの人が今こんな状況だから恋しい。
今だからこそ恋しい。
しかしそんな事を告白した訳でも無く、私が勝手に思っているだけです。
私がそんな話しをしたなら、彼女は何と答えてくれるのか?
『御免なさい』が関の山でしょう。単なる私の夢です。
勝手なものでこんな時は、子供達の立場等眼中に有りません。
そんな思いを心の中で思い巡らせている間にも、妻からの返答は有りません。
私はいかにも悲しそうな態度で寝室を出ました。
『さあ、これから如何やって苛めてやろうか』
悲しく等有りませんが、当然嬉しくも有りません。私はこんな面倒くさい時間が大嫌いなだけです。
しかし今は、悲しそうにした方がいいのでしょう。ドラマだってそんな描写をするはずです。
『我ながら上手い演技だ。怒り散らすのもいいが、この方が信憑性が沸くだろう』
私は作り笑いを浮かべました。

居間に行くと、何時2階の部屋から降りて来たのか、長女がソファーに座っています。
娘は私に小声で話し掛けます。

「お母さんは?」

「寝室だよ。もう直ぐここに来ると思うぞ」

「そうなの。それじゃぁ不味いわ。実はね、お父さんに話が有るんだ。お母さんには聞かれたく無いの。私の部屋に来てくれるかな」

何の話かは分かりませんが、娘に付き合わない訳には行きません。
二人で階段を上がります。
滅多に入る事の無い娘の部屋は、思いのほか綺麗に整理されてます。
この辺は私では無く、妻に似たのでしょうね。
そこには次女も私を待っていました。
二人でベッドに腰を下ろし、並んで座ります。何か若い頃の妻が隣に座っている様な感じでがします。
当然ですよね。この子は妻が産んだ子供なのですから。
そんな娘が窓の方を見詰ながら話し出しました。

「お父さんとお母さん大丈夫なの?」

「大丈夫って何が?」

私は妻の帰りが遅いのを、娘達の前で愚痴ら無かったと思います。また、夫婦の言い争いも子供達の居るところでは避け

ていたつもりですが、それなりに伝わってしまうものなのでしょう。
娘達の話しの内容は、私よりも早く帰宅した時等によく電話をしているが、如何も相手が男の様である、またその内容を

娘達には聞かれたくない様子である事、決定的に疑われたのは、私が出張の時は必ずと言っていい程に妻も外泊をしてい

ると言う事がであった。娘達には『私もたまには羽を伸ばしたいの。お友達のところに行って来る』と、お決まりの台詞

を言う様です。私は家に電話を余程必要が有る時以外は入れないのです。
電話が来ない事をいい事に、好き放題です。
妻にとって、この子達がまだ幼い子供なのでしょう。しかし、私達が思う以上に充分な大人になっています。
上手く誤魔化したつもりでも、もうそんな事では通じません。
『そうか、外泊までしていやがったか』
ここのところ出張が無かったので、興信所の報告書にもそこ迄は記入されていませんでした。
私は無関心過ぎました。無関心だったからこうなったのかもしれませんね・・・・・
妻もこんな事をしていれば、流石に娘達にも疑われると言う事ぐらいは考えるべきです。
そんな理性も働かないほど、男と一緒に居たいと言う事か・・・・・

「言い難いんだけどさぁ、お母さんに男の人が出来ちゃったんじゃないのかなぁ。もしよ、もしそうだったらお父さん
如何する?離婚する?」

「お父さんと、お母さんが別れたら如何する?」

「・・・・・私達は嬉しくはないけど、お父さん達が決めた事ならしょうがないと思うしかないわ・・・・」

そう言って寂しそうに俯いている表情に、妻の面影が漂います。

「お父さん。もっとしっかりしないと駄目よ」

明るく笑って言いましたが、その笑顔は自然に湧き出たものとは違います。
この子達も、何時かは好きになった人と結婚して子供を産むのでしょう。その時は、今の私達の関係も理解できるのかも

知れません。しかし今はまだ若い。そこ迄は理解出来ないのが当たり前です。
私達の子供としての目で、私達を見ているのです。
私にはこの子達が居るんだなぁ。自分の事しか考えていなかった。いっぱしの大人面をしていましたが、私は子供なのです。
私達の行動が、この子らの心に不安を与えてしまった。まだ浅い不安であろうその傷を、埋めてやるのが親としての努めなのか?
今回の出来事が、私が本当の大人になる最後のチャンスなのかとも思います。
この子らに返す言葉が有りません。
複雑な思いが交差し返答に困っている時、チャイムの音が聞こえました。

「こんな時間に誰かしら?」

長女の言葉に我に返ります。
私はおそらくあの男が来たのだろうと推測しました。
職場に来られるのは厄介な事でしょう。幾ら子供の私でも、その事が何を意味するのかは分かります。
もしあの男で有るのなら、男は会社での立場が大切なのです。奥さんと離婚する気が有るのか無いのか迄は分かりませんが、社員との不倫が知れると不味いと思っているのでしょう。
おそらくは、離婚なんて考えていないのだろうな。妻との愛を貫き通すつもりなら、男なら男として貫き通さなければならない誠意が有ります。
全てを失っても、守らなければならないものが有るのです。

「変な事を言う様だけど、暫らく下には降りて来ないでくれるか。・・・・・聞かれたく無い話しも有る。
お前達も大人だ。そのところは勝手だが察してくれ」

何て罪な事を言うのか。何でこんな事になったのか。
この子達に責任は何一つ有りません。
私が階段を降り様と部屋から出ると、妻の声が聞こえて来ました。
妻も誰が来たのか分かっていたのでしょう。私より早く出なけでばならない理由も有るのかも知れません。

「入って下さい」

その妻の声が聞こえた時には、私も玄関に居ました。
思った通り、来訪者はあの男でした。私は妻にも失望です。この位の男と一緒になって、家庭を壊すかも知れない火遊びをしたのですから。

「入ってもらっては困る。子供達が居るところで修羅場も無いだろう。その位の誠意は示せよ。さっき言った通り話はお前達の会社でしよう。
岸部さん、あんたも部長だ。会議室くらい調達出来るだろう。俺も流石に怒鳴り込む様な事はしない。
ただな、社長さんは同席してもらいたいな」

「少し時間を取ってあげて。申し訳無いけど私達、会社でそんな話は困るの」

『何が私達だ!』

「そうだろうな。困るだろう。知ってて言ってるんだ。なあ岸部さん、あんたがどんな仕事をして来たのかは分からないが、会社には営業マンも居るだろう。ここぞと言う時は、相手の望む条件を提示するだろう?それは弱いところを突くと言う事でも有るよな?俺もそうしているだけだ」

岸部は私の顔をまじまじと見詰ています。その表情は好戦的ななものでは無く、縋る様に情けないものです。

「こいつから言われて来たのか?それとも自分の意志で来たのか?」

「あのう・・雅子・・・いや奥様から電話が有って・・・・・無くても私から来ました・・・・・」

「お前、懲りもせずまた電話したのか。いい加減にせいや。・・・俺は今日話すつもりは無い。これからの相談をしたいなら二人で何処かで勝手にやってくれよ。明日その結論を聞こう。おい、お前!覚悟しておけよ!生半可な結論は出すな。
人生終るかも知れないぞ。雅子、お前もな!」

最後の『おい!お前!覚悟しておけよ』かなり気合を入れました。
部下を叱咤する時の私の気性がよく出たと思います。相手が如何感じたのかは別ですが。

「ご主人。申し訳け有りませんでした。誤解させたのは私の不徳です。奥様から残業を減してくれと言われてましたが、ついつい甘えてしまいました。雅子・・・いや奥様から聞きましたが大変な勘違いです。如何か離婚なんて思い留まって下さい」

何て浅はかな男なのか。今来てるのは妻からの電話を受けてからです。
もうその内容は聞いているでしょう。それでも私を言い包めれると思っているのでしょうか?
それも人の妻を『雅子』等と2回も口を滑らせる。何時もは『雅子』と呼び捨てか?
こいつも子供から脱皮していません。余りにも私を舐めている。
世の中そんなに甘くない。
子供ならば相手に不足は有りません。弱い者には強いのです。

「誤解なんかしていないよ。もうこいつから聞いただろうが、証拠が揃っているんだよ。どんな言い訳も通用しないぞ。
さあ帰ってくれ。こんな所で話してると子供達に聞こえてしまう」

もう娘達には聞こえているでしょう。取り返しの付かない事をしてくれたものです。

「貴方、話しだけでも聞いてちょうだい。会社に来るなんて言わないで。お願いだから上がってもらって」

「うるさい!お前ら二人とも出て行け!」

私は妻と男を叩き出す様に外に追い払いました。妻は靴を履く暇も有りません。
ドアの向うで、妻の泣き声と男の声がします。
おそらく岸部は車で来た事でしょう。靴等履いていなくとも問題は有りません。
問題が有ったとしても私には関係が無い事です。好きにすればいい。
これからホテルに行く気分では無いでしょうが、そうしたいならそうすればいい。
そんな時、2階の窓から長女が妻に掛けた声が聞こえました。

「お母さん不潔!」

そう言うとガシャンと窓を閉めた様です。
妻の泣き声が一段と大きくなりました。
娘達にも知れてしまった。ひょっとすると近所の誰かが聞いていたかも知れません。
妻の立場はもう有りません。でも、私の立場も微妙です。朝、近所の人に顔を会わせるのが怖いです。
私は居間で一人煙草に火を点けると、娘達が入って来ました。

「お父さん、ここで煙草を吸ったら駄目でしょう。お父さんが止めないから、お母さん迄吸うようになっちゃたのよ」

次女の声は強いて明るく取り繕ったものです。
それにしても、あいつも煙草を吸うのか。そんな事さえ気付いていなかった。

「ねぇ、お父さん。私達の事は考えなくてもいいのよ。お父さんの思う様にしてね。私達は大丈夫だから。
たださぁ、学費はちゃんと出してよね」

そう言うと、ペロリと舌を出して2回に上がって行きました。
娘達の優しい言葉に涙が出ます。
この子達の事も考えて行動を取らなければ行けない。私一人の満足を満たすだけでは行けないのです。
さて、私にそんな器用な事が出来るでしょうか。それでも妻と別れられる事を内心喜んでいるのだから困ったものです。
誰かに相談したらいい知恵も有るのでしょう。そんな相手が居なくも有りませんが何と切り出したらいいのか。。
そんな事を漠然と考えていると、またチャイムがなりました。
まだ居たのか。モニターを見るとそこには妻だけが映っています。

「貴方、入れて下さい。あの人は帰しました。だからドアを開けて」

入れてやるべきなのか、このまま放っておくべきか迷います。
このままにしておいて大きな声で叫ばれ様ものなら、それこそ隣近所に好奇の目で見られてしまいます。
こんな時でも他人の目を気にする私は、冷静なのか、ええ格好しいなのか。
私は鍵を開け妻を家の中に入れましたが、完全無視を決め込みます。
どれ程の沈黙が流れたでしょうか。そんな空気にたまりかねた妻が口を開きました。

「・・・・謝って済む事じゃ無いと思うけど・・・・・申し訳有りませんでした・・・・」

どんな顔をして今更そんな勝手な事をのたまっているのか、私は妻の顔をまじまじと見入ってしまいます。

「その話は明日だと言っただろう。俺は何も話す気にはなれない。だがな、あの子達にはちゃんと謝って来い」

妻が2階の子供達の部屋に行くよりも先に娘達が下りてきました。
何かを言おうとした妻よりも先に、娘達に罵声を浴びされました。私には庇うつもり等微塵も有りません。
一通り言いたい事を言った子供達が部屋に戻ると、妻はテーブルに無き伏せましたが、私は何も声を掛けずに寝室に入り鍵を掛けました。
『お前達の地獄はこれからだよ』
また子供達の事が頭から抜けてしまいました。

目覚まし時計が鳴ってます。時計をセットしたのは覚えていますが、その後の記憶が有りません。
あんな事が有ったものですから、歯も磨かず知らぬ間に寝てしまったのです。口の中が気持ちが悪い。
洗面台に行くには居間を通らなければなりません。きっとそこに妻が居るでしょう。顔を見たく有りません。
何時もと変わらぬ状況なのに、不倫の証拠を突き付けただけでこんな気分になってしまうものなのでしょうか?
私はそこ迄、妻との生活に息苦しさを感じていたのか?如何もこの建売住宅は使い勝手が悪い。
居間に入るとやはり妻が昨日のままの格好で、テーブルに伏せて眠っています。
私の気配に目を覚ましたのか、腫れた目で声を掛けて来ました。

「朝食の用意をします。・・・・・今日仕事を休んでいいかしら?」

「好きにしたら。俺はお前が行こうが行くまいが如何でもいいよ。だけどさ、今日行かないと明日も行けなくなっちゃうんじゃ無いか?
行っても結果は同じかもしれないけど、社会人として責任回避しない方がいい。遅刻してでも行く方がいいと思うよ。
それと朝飯はいらない。これからも飯は作らなくていいよ。勝手気ままにやって行く。あんたも今迄通りに好きにすればいいさ」

人生の多くを共に歩んだ情が絡むと面倒です。そんな事で自分を言い含めるのは真っ平です。
私とて俗物的な人間ですから、今迄の思い出が山ほど有り妻への感情が何も無いとは言えません。
それは仕方が無い事でしょう。現実なのですから。
それでも私は新たな一歩を踏み出したい。仕事での緊張をほぐしてくれる心休まる家庭が欲しい。
そんなものが有るのか無いのか。私は知りません。だって、そんな経験が無いのですから。
親父も家では無口でした。あいつも私と同じ人生を歩んだのかな?

「女に理屈は通じない。言うだけ疲れる」

親父がよく私に言った言葉です。その結果、母は我侭な女でした。勿論妻のように不倫に走った訳では有りませんが。
言いたい事を言い合える関係で有りたい。父と母の様な夫婦にはなりたくない。
そう思っていたのに今は親父と変わらぬ人生です。
それでも何処かで変えたいと思っていました。
『俺は親父とは違う』
親子でも価値観は違うのです。離婚が罪悪な時代では有りません。
子供達の事ばかり中心で、自分を犠牲にするなんて時代錯誤もはなはだしい。
今がそのチャンスだ。子供達にはあの子らの人生がこれから一杯有る。俺の人生はその半分も無い。
間違っている考えかも知れないですが、勝手ながらそう思いたい私です。
それにしても、妻のあんなに腫れた目は何なのか?
私をこれ程ないがしろにして来て、不倫がばれたからと言って泣く必要が有るのか?
こんなに長い男との付き合いで、愛情は私によりもあの男に強く感じているのでは無いでしょうか?
証拠が出た時点で、何時もの様に開き直れば済む事だと思います。
男に帰る家庭が有って、自分に無くなるのが辛いのか?それは彼女の勝手です。
好きな男と私の目を気にせずに会えるのは都合がいいと思うのですが。
きっと子供達に自分の不貞を知られてしまったのがショックだったからなのかも知れませんね。

手際よく身支度を整えて、何時もよりも早い時間に家を出ました。
妻に言い訳を言う隙を与えたくなかったのです。それと敵陣に如何攻め込むかもう一度考える時間も欲しい。
さあ、今日は決戦です。
時間を潰してから朝一で妻の会社に行こうかと思いましたが、踏ん切りが付かず少し早く出勤してしまいました。
ディスクに座りボーッと考えていると同期の男が声を掛けて来ます。

「おい今日は早いな。何か有ったのか?朝から深刻な顔をして如何した?」

この男は大学は違いましたが入社当日から妙に気が合い、その仲は今も変わりが有りません。

「嫁さんとちょっと揉めてな。頭に来て早く出て来たんだ。お前も経験有るだろう?本当に腹が立つよ」

「雅ちゃんも気が強いからな。夫婦の事は分からんが、お前さんが頭を下げた方が無難だぞ。
へそを曲げられて、飯の用意もしてくれなくなったら目も当てられん。早い内に機嫌取りをしておけ」

同期の境は相談するに与いの有る男です。同期ですから妻の雅子の事もよく知っていますし、お互いに子供が出来る前は
家を行き来していたものです。
しかし今、唐突にそんな相談も出来ませんし、夫婦円満を演出していた私には、とても口には出せません。
相談相手を思い浮かべていた時に、1番に頭に浮かんだ男では有りますが、見得が邪魔してしまいました。
『えーーい、なる様にしかならない!俺一人でやってみるさ!』
相談するチャンスを逸した私は決めました。
今の今迄、心の中で誰かを頼りにしていたのですが、自分の事位は一人で受けて立ちましょう。
昼食を終えて会社に戻った私は、部下に外回りに行くと嘘を言い妻の会社に足を向けました。
敵陣の前に立ち、一旦は躊躇しましたが止らずにドアを開けます。

「岸部さんを呼んで貰えますか」

この規模の会社に受付等は有りません。直接女性事務員に声を掛けました。
昨日玄関で小さくなっていた男が、慌ててこちらに向かって来ます。
この男、この場を何とか取り繕おうとしてか、私を外に連れ出そうとするのです。

「おいおい、俺は会社で話し合おうと言ったはずだぞ。そんな真似をするならこの場で話してもいいんだ。」

わざとに大きめの声で言います。当然男は慌てました。

「そっそうでしたね。こちらの応接室にどうぞ」

部長自ら私を応接室に通します。余程重要な客だと思ったのでしょう。私が声を掛けた女性事務員が怪訝そうな表情をしながらも、直ぐに立ち上がり最敬礼しています。
オフィスに薄いドア1枚で隔たれた狭い応接室で、私は男に横柄な物言いをしました。

「雅子は出て来てるか?居るなら直ぐに呼べ。それと社長もな」

「奥様はお得意様のところに行ってもらっています。直ぐに連絡して呼び戻させてもらいます。・・・・それが社長の方は・・・・」

男は社長をこの席に着かせるつもりは無いのでしょう。反対の立場なら誰だって避けたいものです。
そりゃぁ嫌でしょう。私も重々承知です。

「あいつ居ないのか。逃がしたんじゃ無いだろうな?まあ呼び戻すって言うんだからそんな事は無いか。
社長は居るんだろう?まさか社長迄居ないと言うんじゃないだろうな?それなら俺が電話で呼び戻してやろうか?」

「そっそれは・・・・あっあのう、内々にお話しさせてもらえないでしょうか・・・・・」

「社長は居るな?俺が呼んで来てやろう」

ソファーから立ち上がる私を見て、男は無様にその場で土下座するのでした。

「お願い致します。如何か内々の話で納めて下さい」

臭い芝居をしやがって!きっとこの場を何とか乗り切る事しか考えていないでしょう。
何時もはそれなりの顔をして居るであろうこの男の惨めな姿を、この薄いドアを開けて社員に見せてやりたいものです。
こんな男を上司と仰ぐここの社員達は、この姿を見ても会社の為に必死で頭を下げている尊敬すべき上司に映るのかも知れません。
そんな事が有るはずは無いと思ってはいるのですが、孤立無援な敵陣に殴りこんだ私には、全てが相手の援軍と感じてじまいます。

「駄目だ。社長を呼んでもらおう」

私も結構やるじゃないですか。人間追い詰められると自分でも分からなかった性格が顔を出すのでしょう。
窮鼠猫を噛むと言うところかな。この感じは私のペースだと思っていいでしょう。
男は土足で歩く床に頭を擦り付けて動きません。

「部長さん。何でそんな事をする。あんたが言った様に私が誤解しているだけなら、もっと堂々として居ればいいじゃ無いですか。流石にそれでは通じないと理解されましたか?おい!この落し前、如何付ける!
俺はヤクザじゃ無いが、鬼にはなるぞ。あんた、悪い男の女に手を付けた。俺は執念深い。
金なんか要ら無いが、お前の人生を食ってやる。倍返しが心情だ。命以外は全て無くす覚悟をしておけ!」

『食ってやる』か、何か凄い言葉を言ってしまった。
『駄目にしてやる』より迫力が無いですか?
乗って来ました。『命以外に全てを無くす』そこ迄は幾らなんでも無理でしょう。
不倫なんて、何処にも転がっている話です。普通は何とかなっているのでしょう。あくまでも嫌がらせの台詞です。
それでも男は無言で頭を擦り付けています。

「とにかく社長を呼んでもらおう」

こいつが嫌がる事でこの場は攻めましょう。ただやり過ぎると免疫が出来てしまいます。
開き直れる男なのか、そうでは無いのか、今は分かりませんがセオリー通りにこの線で行きましょうか。
私がW不倫をしてこんな立場に立たされたら如何するのでしょう?パニックでしょう。
私とて、そんなチャンスが無かった訳では有りません。
あ~~しなくてよかった。

どの位そんな時間が過ぎたのでしょう。きっと大して経ってはいないのでしょうが、こんな時は随分と長く感じるものです。

「なあ、頭を上げろよ。幾らそんな真似をしても無駄だ。お前達やり過ぎたんだよ。あんまり人を舐めてるからこんな事になるんだ。
2人で随分と楽しんだろう。その報いはしなければ行けない。
それが大人としての責任の取り方だ。
お前も子供が居る。子供は親父の背中を見て育つと言うぞ。
だからそんな見っとも無い真似はするなよ。
やった事は許されるものでは無いと思うが、責任を取るんだろう?
ならば、もっと毅然としたら如何だ」

この男に毅然とされたら堪ったものでは有りませんが、私はこの場の成り行きで言っているのです。

「いやご主人。私にそんな権利は有りません。ただ私にも家庭が有ります。大した会社では有りませんが、何とかこの地位まで来る事が出来ました。社長の信任も得ているつもりです。・・・・昇格の話しも有りまして・・・・・
この微妙な時期に問題は起こしたくは無いのです。勝手な話をして大変申し訳有りません・・・・・
勝手な事を言ってるのは重々承知しております。ですが・・・・この場は何とか納めて、別な場所でお話しさせて頂けないでしょうか」

こいつ、本当に馬鹿です。こんなに自分の弱みをさらけ出して如何するのでしょう。
私に付け入る隙を与えるだけです。私を泣き落としの通じる馬鹿だと思っているのでしょうか?
私はそれ程甘くは無いつもりで居りますが。

「本当に勝手な話しだな。今の話しの中に、少しでも俺の立場を思いやる言葉が入っていれば、まだ考えてやってもと思う余地が有るのかも知れないが、自分の事しか言っていないじゃないか。そんな話が通じると思うか?
お前が俺の立場なら如何だ?きっとお前はそうやって人を踏みつけて、その地位まで来たんだろうな。
お前の部下は堪ったものでは無かっただろう。如何なるかは社長判断だが、格下げにでもなれば、喜ぶ奴らが多いだろうな。
解雇なんて事になれば、みんな祝杯を上げるんじゃ無いのか?」

この男が、私の気持ちを思いやろうが無かろうが、許すつもり等有りません。
でも、こんな時は売り言葉に買い言葉、自然とそんな都合のいい台詞が出て来ます。
ペースを完全につかんだ事で余裕が出た私は、もっと痛烈な言葉は無いかと浅知恵を絞っていると、ドアがノックされます。

「失礼致します」

入って来たのは妻でした。
取って付けた様に、お茶を持って来ています。普通は私が応接室に入ってから、もう少し早く誰かが持って来るものです。
そうで無かったと言う事は、妻は外出等していなかったのかも知れません。
状況を見ていて他の者が運ぼうとしたお茶を、あたかも気を利かせた様に自分が持って来たのかも知れません。
その辺の事は分かりませんがこの感性の鈍い女でも、土下座をしている上司を見てその場の状況を悟ったのでしょう。
茶を乗せたお盆をテーブルに置くと、男の隣に腰を落とす様な素振りを見せます。

「おっと、そんな臭い真似は止してくれ。雅子、お前はそこのソファーに座れよ。あんたもそんな事を幾らしていても
俺の気持ちが変わらないぞ。時間の無駄だ。そこに一緒に座れよ」

穏やかに、時には厳しく。部下を使う鉄則だと私は思っています。
この時、此処が敵陣だと言う事等、何のハンデにもなっていないのです。私の勝利です。
二人が並んでソファーに腰掛けたのを見て、私は喋ります。

「二人が別れたからって元の何でも無い生活を送れるとは思っていない。そんな事は考えられ無いだろう。
雅子、如何したい?俺達に明日なんて無いだろう?お前とはもうこれ以上やって行けない。いずれはこんな日が来る位の

覚悟をして俺を裏切って来たのだろう?それ位の覚悟を決めていたから、こんなに長く俺を欺いて来たんだよな?
そんな女とは暮して行けないだろう。岸部さんもそう思うだろう?あんたの奥さんがそんな女だったら許せるか?
なぁ雅子、子供達にも、もう言い訳は出来ない。俺も庇うつもりは無いよ。今日から帰って来なくてもいい。
本当は何時もそうしたかったんじゃないのか?
それから岸部さん、覚悟は決めろよ。金なんか要らないぞ。俺はゆすりたかりじゃ無い。
責任は社会的制裁で取ってもらう。穏便に済ませる気なんて初めから無いんだよ。
どんなに土下座されても気持ちに変わりは無い。
だから社長さんに聞いて貰いたいんだよ。社長の下す結果が如何であれ関係無い。俺の思う通りにさせてもらうよ。それだけだ。」

この男、煮え切りません。それでも、うな垂れるだけで動こうとしないのです。業を煮やした私はドアを開けました。

「申し訳無いが、社長さんを呼んでもらえませんか」

私は近くに座っている社員に声を掛けドアを閉めました。
振り返ると、男の顔は蒼白です。
『ざまあ見やがれ、馬鹿野郎!』
妻も妻で声を殺して泣いています。興奮している私は、アドレナリンが出っぱなし状態で、自分の行ないが正しいのか正しくないのか判断も付かない状態です。
私の言っている事に間違いは有りません。ただ、こんな方法が1番最良だったのかには自信が有りません。
しかし今はイケイケでしょう。自分を抑える必要を感じません。
馬鹿どもを冷ややかに睨み付けて社長の登場を待っていると、ドアがノックされ初老の男が入って来ました。この男が社長なのか?

「失礼するよ。岸部部長、何か有ったのかね?」

異常な雰囲気に初老の男は私への挨拶も忘れ、岸部に声を掛けています。
『まずは俺に何か有ってしかるべきだろう』
この会社はこの程度なのか?私の職場では絶対に有り得ません。
こんな所に限って社長に面談を求めると、偉そうに「アポはお取でしょうか?」等と、のたまいやがる。
どれ程の者と勘違いしているのか!
私は立ち上がり、初老の男の目の前に名刺を突き付けました。

「これは失礼致しました。私、黒田と申します」

黒田と名乗る男が慌てて名刺を出しながら頭を下げる。
名刺には取締役専務と記入されている。この男は社長では無い。

「家内がお世話になってます。その事でお邪魔しました。少し複雑なお話です。問題が問題なので社長様にお会いしたい」

黒田専務は私の名刺をまじまじと見詰ています。

「あぁ、こちらの御主人でしたか。それはそれは此方こそお世話になりまして。それでどんなお話しなのでしょうか?
代表から私が用件を受け賜る様に言われて来たものですから・・・・」

この場の雰囲気を察した専務とやらは、岸部と妻の状況位は理解出来たでしょう。
いや、この程度の規模の会社の中での出来事は、噂に上らないと思えません。
知っていて惚けている公算が大です。誇大妄想なのかも知れませんが、私はやはり敵陣に居るのです。
社長自らが逃げているのかも知れません。

「大変失礼だが、貴方は私の話しを聞いて責任を持って処理出来ますか?御社も責任も感じて頂かなければならない
と思っているのですが」

専務が妻達の方を見るのと同時に、岸部がばね仕掛けの人形の様な動きで立ち上がりました。

「申し訳有りません」

専務に深々と頭を下げる。

「お前なぁ・・・・・頭を下げる相手が違うだろう」

この専務、少しは常識を持っている様だが、この短い会話から妻と岸部の関係が耳に入っていた事が推測出来ます。
結局は同じ穴のムジナなのでしょう。
『旦那にばれたら大変な事になるぞ。女遊びも程々にしておけよ』
所詮そんな事で、お茶を濁していたのでは無いでしょうか。
ひょっとしたら酒の席で、私達夫婦を酒の肴にしていたのかも知れません。
人の痛みは何年でも我慢出来ると言います。これが自分に降り掛かった火の粉なら、こいつらは如何アクションを起こすのでしょう?

「専務さん、こんなのと話したってしょうが無いでしょう。もう一度お聞きしますが貴方は私の話を聞いて責任を持って対処して頂けますか。そうで無ければ、私はこの会社の責任者と話がしたい」

専務は応接室から社長に内線で連絡を取りました。
何十秒かでこの会社の責任者が現れましたが、この男の顔面は緊張で青白く見えます。
やはり知っていたのでしょう。この会社は乱れています。
私は妻と男の関係を、証拠を突き付けて話しました。
当然ですがその場で2人に対する処罰が決まる訳が有りません。

「責任を持って対処させて頂きたい。後日きちんとした報告をさせて頂きます」

こんなものでしょう。この後、弁護士と相談するのか?それとも幹部会議でも開くのか?
私には関係の無い事です。後日の報告とやらが楽しみなだけなのです。
仕事を早めに切り上げ、帰路に着きました。
妻はどんな顔をして帰って来るのでしょうか?もしかしたら、帰って来ないのかも知れません。
妻が出て行く事が、私の最終的希望と思い込んでおりますが、今はいけません。
もっと懲らしめてから放り出したいのですから。
家のドアを開けると、妻のパンプスが有ります。もう帰って来ているのでしょう。
居間の方が何やら賑やかですが、決していい雰囲気では無い様です。

「ただいま」

私が帰ったのも気付かない程に、娘達の激しい言葉が聞こえます。
妻は娘達にかなり遣り込められていたのでしょう。流石に勝ち気な妻も今回の事は子供達に言い訳も出来ないのか、神妙な面持ちでうな垂れています。
私の帰宅に気付いた子供達がニッコリと出迎えてくれました。
女は恐ろしい生き物なんですね。こんな状況で微笑む娘に女の凄ささえ感じます。

「お父さん、お帰りなさい。私達2人でご飯の用意をしたのよ。
お母さんたっらボーとしちゃって何にもしないんだもの」

妻は俯いたまま顔を上げようとはしません。
そりゃあそうでしょう。ここで娘達と和やかにされていたら、堪ったものでは有りません。
私が何気なくテーブルの上に目をやると、3人分の用意だけです。

「お父さん、先にお風呂にする?それとも食べちゃう?」

子供達の手料理と有っては、まず食事でしょう。
手際よく用意された物を見ても妻の分が有りません。
私のそんな思いを察したのか、長女が言います。

「お母さんは勝手に食べるんだって。先に頂きましょうよ」

その言葉に、俯いたままの妻の肩が震えます。
この子達も妻に反乱を起こした様です。
それにしても、よく帰って来たものです。私なら敵前逃亡間違い無し。

娘達は妻を完全に無視して今日の状況を楽しげに私に話しながら食事をしていました。
そんな状況に居た堪れなくなくなった妻は居間を出て行きました。
それを横目で見ていた次女が、私に声を落とし話しかけます。

「お父さん、これから如何するの?やっぱ許せないよね?」

そう問い掛ける表情が長女同様、若い時の妻によく似ています。
性格と同じで妻の遺伝子は私よりも強いのでしょう。
大学生と言っても、まだ幼さの残るこの子には、大人の世界を理解するのが無理な事でしょう。
この場で『こんな事が起きる前から、お母さんの性格が好きじゃなくて別れたかった』等とは言えません。
子供の何か寂しそうな表情に、静かに微笑む事しか出来ませんでした。
娘達の本心は、出来れば離婚等して欲しくは無いのでしょう。
どんな間違いを犯したにしろ、妻はこの子達にとって母親で有る事に変わりは無いのですから。
家庭とは、色々な問題が次から次に襲って来て、それらを必死で乗り切って来た者達に与えられるオアシスなのかも知れません。
だからこそ、何ものにも掛け替えの無い所なのでしょう。
私は何不自由の無い生活を子どもの時から送って来ました。そればかりに一から創り上げる努力をして来なかったのかも知れません。
いや、創り方を知らなかったのです。
子供達の気持ち・・・私に重くのしかかって来ました。
せっかく子供達が作ってくれた夕食も、砂を噛むように味気の無い物になってしまいました。
夕食後、私は風呂に入ってこれからの事を考えましたが、如何しても子供の顔が浮かんでしまいます。
妻と別れる事に何の抵抗も無いと言ったら嘘になりますが、凄い痛みを伴うものでは有りません。
しかし、如何で有れ形を成して来た家庭を壊してしまう事には抵抗感が有るのです。
あく迄も何処迄も平凡な男なのです。
それでも、妻のやって来た事が許せないでいます。
浮気をした事を言っているのでは有りません。
一緒になってからずっと今迄、私の男としてのプライドをないがしろに
して来た事が許せません。自分の我を通し過ぎた事が許せません。
共に創り上げて行く家庭と言うものを、独裁者の如く牛耳って来た事に憤りを感じるのです。
私に責任が無かったとは思っていません。
そう言う点では、妻に申し訳が無かったと思いもします。
それでも一体感を感じる事が出来ません。
風呂から上がり、髪を乾かして寝室に向かいましたが、妻の気配を感じません。
居場所が無く、客間で息を殺しているのでしょう。
自分がやった事を深く反省しているのでしょうか?
きっと違うでしょう。
反省する位なら、こんなに私達を欺くなんて出来ないはずです。
私が妻の会社を出てから、どんな事が有ったのでしょうか?
あの馬鹿男と、どんな相談をしたのでしょうか?
私はベットに入りました。ほどなくして、寝室のドアがノックされます。

「貴方、お話が有ります。鍵を開けてくれないかしら」

妙に声を落としています。子供達に聞かれたくないのでしょう。

「俺は話す事は無い」

思い切り冷たく言い返します。

「そ

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