妻の陸上部のコーチに嫉妬して


出典元:萌え体験談

私の妻は、中学から大学まで陸上競技をしていました。
そのせいか洒落っ気が無く、髪もポニーテール風に後ろで縛っただけでした。
で身長は167㎝と女性にしては高い方で、顔は女優の杏さん似で、性格はサッパリしています。
その妻との出会いは7年前、妻が新入社員の時でした。
飲み会で隣になって、そのサバサバとした性格に好感が持てました。
何となく気が合い、一緒に帰ったり食事したりするうち、ちゃんとケジメをつけようと私から告白して付き合いました。

初めて結ばれたのは私27歳、妻24歳、海辺のラブホテルでした。
陸上で鍛えた引き締まった体、凛とした美形、エロさがあまり感じない健康的な印象でした。
しかし、キスは舌の絡ませ方が濃厚だったし、クンニしようと足の間に入れば自ら膝に手をやりガバッと開き、赤紫に変色した陰唇がはみ出た割目を晒しました。
舌で陰唇を割り開くようにすると、中身は綺麗なピンク色で安心しましたが、陰核は腫れたように紅色に飛び出ていました。
その陰核を舐めると、ビクンと反るように反応して、あっという間にヌルヌルになってしまいました。
凛とした美形のサバサバした性格の女性が、引き締まった体で見せた性愛の嬌態と使い込まれた女性器というギャップに、ショックを隠せませんでした。
そして絶品のフェラチオは抜かれてしまいそうなほどでした。
挿入後の反応も淫らで、膣の締め付けはうねるように良好で、男にとってたまらない女体でした。
初めてのお手合わせでGスポットを探すのがやっとでしたが、それでもかなりのアクメを見せてくれました。
「私って、凄くスケベだと思うでしょう?でも、これでも経験人数は一人なんです。」
妻は、自分が人一倍淫らに喘ぐこと、女性器が変色してしまっていることを自覚していて、その理由を話しました。
「私、大学の陸上部のコーチと性的な関係にあったんです。大学1年の終わりころに処女をコーチに捧げて以来、卒業まで関係しました。」
「・・・」
「コーチにフェラチオやセックスを仕込まれて、クリトリスを敏感になるように吸われて・・・クリトリスに小さなゴムリングをはめられて、飛び出たままにされたりしました。一人の男性に、じっくりと淫乱を仕込まれたのです。不特定多数の男性との荒淫の結果ではありません。」
わざわざカミングアウトすることでもないような気もしましたが、妻は、たくさんの男性に抱かれてきたと思われたくなかったようでした。
でも、私は気になることがあったので尋ねてみました。
「君は、コーチの事は好きだったのかい?」
「好きでした。でも、コーチが私を好きだったかはわかりません。私は、コーチの性欲処理に使われただけかもしれません。」
妻は、焦点の合わない目で言いました。

私は、初めて妻と結ばれた翌年に結婚しました。
陸上部のコーチが妻の処女を奪ったことや、コーチの陰茎が出し入れされて妻の陰唇を変形させたことや、妻の陰唇が色付いていったことを想像して、嫉妬をしていました。
約3年間、週3回抱かれたとしたら、3年×50週×3回=450回!妻はコーチの陰茎を出し入れされたのです。
スポーティーな雰囲気の凛とした美形がポニーテールを揺らしながら、コーチに跨り陰茎の抜き差しに酔い痴れる姿を想像すると、陰茎が爆発する程に勃起します。
結婚して11年の妻の陰唇は、コーチの何倍もの回数私の陰茎が出し入れされたおかげでドドメ色ですが、それでも妻に快楽を教え込んだコーチの陰茎には嫉妬します。

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